 |
明治の工芸薩摩金襴手
日本の工芸は、安土桃山時代から江戸時代にかけて300年間続いた繁栄の中で蓄積した技術を駆使して、明治維新による社会的政治的変革が生んだ国際的な需要に適応してきました。薩摩金襴手は、19世紀末のヨーロッパで美術愛好家に非常に高く評価されました。
薩摩金襴手は、藩主専用の御庭焼であった格調高い様式の色絵陶器が始まりでした。厳格な封建体制を敷いていた島津藩では、藩主の専用品と庶民の用品を区別するため、多額と経費と最高の職人をつぎ込んで制作させていましたが、やがて明治維新を迎えると、これが欧米人の目に止まるところとなり、のちに美術工芸品として、国を揚げての技術の投入が図られることとなりました。これら薩摩焼とよばれる作品は独特の金彩高盛の技術と緻密な絵付けが特徴で、華美に走りすぎない深みのある貴族趣味に徹した作風が特徴です。
技術というものは時代とともに発達し、時と共にさらに高度なものへと進化すると見るのが一般的ですが、工芸の分野でこの法則は完全に逆転しているかのようです。常に頂点が最初にあり、あとは衰退しながら続いてゆくのです。薩摩金襴手も昭和初頭頃まで制作は続けられていましたが、作風はゆっくり衰退してゆきました。絶妙な作品を生み出した、職人芸は今では失われ、永久に複製することはできません。
|

牡丹文大花瓶

十二代沈寿官 菊花文香炉
|

風俗図茶碗
|
|
|